oriikomori of ogasawara

クビワオオコウモリ

オリイオオコウモリ

頭胴長約21cm、前腕長約13cmで、頸部に淡色の黄帯がある。沖縄諸島に分布する。低地の林から山地まで見られ、日中は樹冠部の枝に1頭から数十頭の群でぶら下がって休息している。夜間に活動し、主に果実、葉、花蜜などの植物質を食べるが、昆虫などを餌とすることもある。5∼6月頃に1頭の子を産み、生後4∼5ヶ月で親から独立する。現在、急激な個体数の減少は見られないようであるが、今後、森林の開発などにより減少する可能性もある。

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生態〜Ecology〜

常緑広葉樹林に生息する。夜行性で、昼間は木の枝にぶら下がり眠る。季節的な移動を行。
食性は植物食で、主に果実(クワ科など)を食べるが、植物の葉(イチジク属、イチョウ、シマグワ、マルバグミ、モモタマナなど)、花(ビロウなど)なども食べる。
繁殖形態は胎生。10-12月に交尾を行う。4-6月に1回に1頭の幼獣を産む。

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人間との関係〜Relation to human〜

開発による生息地の破壊、および食物の減少により生息数が減少し、また人為的に移入されたノネコによる捕食、ダイオウヤシやワシントンヤシの葉に絡まり脱出できずに死亡する例もあり生息数の減少が懸念されている。さらに台風による直接の被害、および食料の減少などによる生息数も懸念されている。日本では1973年に亜種ダイトウオオコウモリが、1975年に基亜種が国の天然記念物に指定されている。2004年に亜種ダイトウオオコウモリが種の保存法により国内希少野生動植物種に指定されている。南大東島での1993年における亜種ダイトウオオコウモリの生息数は300頭と推定されている。

大東諸島の生物生態について

大東諸島は、沖縄島から東へ約400kmの洋上に位置する海洋島で、北大東島,南大東島および沖大東島の3島からなる。かつては原生林に覆われた無人島であったが、1900年以降の開拓により大半の森林が伐採され、北大東島と南大東島はサトウキビ畑に広くおおわれた島となり、沖大東島は戦後に再び無人島化し、1956年以降はアメリカ軍の射爆演習場となっている。
 島の開拓は鳥類にも大きな影響を及ぼし、いくつかの種は大東諸島から絶滅したが、逆に耕地の拡大が新たな生息環境を作り出し、モズ Lanius bucephalus のような新たな種の定着もみられるようになった。こうした繁殖鳥類相の遷移や、固有亜種の存在、渡り鳥の中継地としての価値など、大東諸島には学術上注目すべき点が多くみられるが、これまでの記録が十分に整理されていなかったため、鳥類相が推察によって論じられることも少なくなかった。このことから筆者らは、鳥類相研究の基礎資料となることを目標に、まず2001年に南大東島産鳥類目録を発表した(姉崎・嵩原,2001)。今回はさらに対象を広げ、その後新たに収集された南大東島の情報と、北大東島および沖大東島についての情報をまとめ、大東諸島産鳥類目録の作成と、繁殖鳥類相についての考察をおこなったので報告する。
  大東諸島は、北大東島(面積12.71km2/周囲13.52km/最高点74m。以下同様),南大東島(30.74km2/20.80km/75m)および沖大東島(1.19km2/4.58km/31m)の3島からなる(図1)。いずれも隆起環礁の島で、海岸線は高さ10〜20m程度の断崖となっており、中央部は盆地状で、その盆地に北大東島では20、南大東島では100近くの池沼が点在している。北大東島と南大東島はかつてダイトウビロウ Livistona chinensis var. amanoiが優占する森林におおわれていたが、1900年以降の開拓により大半が伐採され、島面積の半分以上がサトウキビ畑と化した。島を囲うように現存する防風林も、リュウキュウマツ Pinus luchuensis やモクマオウ Casuarina equisetifoliaなどの移入種による植林が大半を占めている。開拓以前は淡水魚と両生類が生息せず、※1900年4月9日に南大東島大池でウナギ類を捕獲したとの記述があり(南大東村誌編集委員会,1990:p.989,1009)、南大東島ではオオウナギの生息が確認されているので(中川,2009)、こうした通し回遊魚は開拓以前から生息していたと思われる。爬虫類ではオガサワラヤモリ Lepidodactylus lugubris が、哺乳類ではクビワオオコウモリ Pteropus dasymallus とキクガシラコウモリの一種 Rhinolophus sp.(絶滅)が生息していたが、その後、ホオグロヤモリ Hemidactylus frenatus ,ブラーミニメクラヘビ Ramphotyphlops braminus,クマネズミ Rattus rattus などが人間活動に伴って侵入し、淡水魚類,ヒキガエル類,淡水生カメ類,イタチ Mustela itatsi なども移入された(奥土,2000;Yamashiro et al.,2000;前田,2001)。沖大東島もかつてはビロウ林におおわれていたが、戦前の燐鉱採掘によって森林が伐採され、多くの表土が失われた。戦後はアメリカ軍の射爆演習場となっているため、現状は不明だが、北大東村誌(北大東村誌編集委員会,1986)に収録された1973年撮影の写真をみる限り、樹木の乏しい荒地と化しているようである。※国土地理院あるいはGoogle Earth(要インストール)の空中写真データから、実際に沖大東島が樹木の乏しい荒地であることを確認することができる。
調査方法
 目録作成にあたり、まず文献調査,標本調査および現地調査を行なった。文献は末尾に示した60件(文献記号A1〜G6)と折居彪二郎氏が1922年9月 26日〜10月28日と1936年10月30日〜11月29日に大東諸島で採集した鳥類の記録を行った直筆のノート2冊(文献記号O1,O2。以下「折居ノート」苫小牧市立中央図書館所蔵)を調査した。
 標本は山階鳥類研究所,南大東村ふるさと文化センターにおいて調査した。現地調査は下記に示したように各時期に島に滞在し、任意に観察した鳥類を記録した。また、私信によって得られた情報も加味した。
 得られた情報は、姉崎・嵩原(2001)と同様にリスト化し、まず文献調査と現地調査の結果、および私信による記録をまとめ、これを補足する形で標本調査の結果と折居ノートから得られた情報を追加した。文献の情報のうち誤記と思われるものは除外したが、筆者からの私信によって正しい情報が得られた場合は、「(修正)」と付記して表示した。同じ情報が複数の文献に記されている場合は、最も詳細に記述されていると思われた文献のみ示した。亜種は、標本や詳細な観察によって同定されたと思われるものに限り記し、最初に同定したと思われる文献のみ示した。北大東村誌(北大東村誌編集委員会,1986)および南大東村誌(南大東村誌編集委員会,1990)に収録されている開拓以前および初期に関する資料情報は備考欄に記し、両方に収録されている場合は南大東村誌のページ数を示した。現地調査による記録は「PS」(Present Survey)と表示した。折居ノートの情報については、「稚子隼」と記された標本が実際にはサシバ Butastur indicus であるなど、種の同定に疑わしい点がみられたので、標本が得られていない種の観察情報は参考記録とし、備考欄に示した。
 なお、現地調査は、南大東島で2001年:2月24日〜25日;嵩原:30種、同年9月14日〜17日;姉崎:31種、同年11月21日〜25日;嵩原:36種、2002年9月25日〜26日;嵩原:29種、同年4月10日〜4月26日;高木:29種、同年6月24日〜7月17日;高木:24種、同年 11月1日〜11月3日;高木:27種、同年4月14日〜8月19日;松井:45種、同年9月19日〜12月18日;松井:74種、2003年2月10 日;松井:1種(ヒレンジャク Bombycilla japonica)、北大東島で2001年8月27日〜30日;嵩原:22種、2002年3月21日〜23日;嵩原:31種、同年9月26日〜27日;嵩原:24種、同年10月30日〜11月3日;嵩原:51種である。
目録対象外の種
 清棲(1952)はミヤコドリ Haematopus ostralegus が南大東島に分布すると示しているが、Hachisuka and Udagawa(1953)は誤記の可能性があると述べており、ほかの文献および山階鳥類研究所における調査でも記録を確認できなかった。日本鳥学会(2000)はハジロミズナギドリ Pterodroma solandriが南大東島で記録されたと記しているが、のちに公開された正誤表によってこの記録は削除された。また、ベニバト Streptopelia tranquebarica が大東諸島に分布すると示しているが、記録を確認できなかった。姉崎・嵩原(2001)は南大東村ふるさと文化センターにオオミズナギドリ Calonectris leucomelasの標本があると記したが、再調査したところ、「オオミズナギドリ?」というラベルが付いたオナガミズナギドリ Puffinus pacificusの標本であった。1903年「大東島取調書」には、沖大東島でクロアジサシ Anous stolidus(およびセグロアジサシ Sterna fuscata)が群れで繁殖していたと記されているが(南大東村誌編集委員会,1990:p.935)、種の同定の根拠は不明である。折居ノート(1936)には1936年11月1日にセグロセキレイ Motacilla grandis、15日にウズラ Coturnix japonica を南大東島で観察したとの記述があるが、前述したように折居による種の同定には疑わしい点がある。※齊藤・嵩原(2003)によれば、折居彪二郎氏はほかにも1922年9月に「クヒナ」(南大東島)を、10月に「田ヒバリ」(南北両島)と「ノジコ」(南大東島)を観察したと日誌に記しているが、この3種も同定には疑問が残る。「クヒナ」はヒクイナを指していたのかもしれない。折居ノート(1936)ではムネアカタヒバリのことを「田ヒバリ」と記している。以上から、上記7種は目録から除外した。また、1975年10月に害虫駆除の目的で北大東島に導入された明らかな人為分布種であるキジ Phasianus colchicus(北大東村誌編集委員会編,1986:P.420-421)、外来種であるドバト Columba livia var. domestica(南大東島で記録あり。奥土,2000)も本目録から除外した。
繁殖鳥類について
 今回の調査で繁殖(巣,卵,ヒナないし巣立ち間もない幼鳥)の情報が得られたのは、カイツブリ Tachybaptus ruficollis,リュウキュウヨシゴイ Ixobrychus cinnamomeus,マガモ Anas platyrhynchos,カルガモ A. poecilorhyncha,ノスリ Buteo buteo,ヒクイナ Porzana fusca,バン Gallinula chloropus,オオアジサシ Sterna bergii,リュウキュウコノハズク Otus elegans,カワセミ Alcedo atthis,ヒヨドリ Hypsipetes amaurotis,モズLanius bucephalus,イソヒヨドリ Monticola solitarius,ウグイス Cettia diphone,メジロ Zosterops japonicus およびスズメ Passer montanus の16種である。ただしカワセミとイソヒヨドリは巣しか確認できておらず、卵やヒナの確認が望まれる。ヨシゴイ Ixobrychus sinensis,ゴイサギ Nycticorax nycticorax およびミサゴ Pandion haliaetus は繁殖が確認されていないが、ほぼ周年記録があるので、繁殖している可能性が高いと思われる。※ヨシゴイについては松井ほか(2006)によって2005 年6月に南大東島で巣と卵が確認された。アホウドリ Diomedea albatrus,カツオドリ Sula leucogaster,アカモズ L. cristatus,リュウキュウカラスバト Columba jouyi,ヤマガラ Parus varius およびハシブトガラス Corvus macrorhynchos の6種も繁殖記録がなく、近年の記録が皆無か稀だが、前3種は後述するように繁殖を示唆する記述がある。残り3種は夏期の分布を示す記述があるほか(南大東村誌編集委員会編,1990)リュウキュウカラスバトについては秋期ながら幼鳥の記録(Kuroda,1925)もあることから、かつては繁殖していたが、その後絶滅した可能性が高い。以上から、本稿では大東諸島の繁殖鳥類を上記25種と考えることにする。このうちカイツブリ,ノスリ,リュウキュウコノハズク,ウグイス,ヒヨドリ,ヤマガラおよびメジロの7種は大東諸島固有亜種であることが認められているが(日本鳥学会,2000)、前4種については後述するように固有亜種とすることについて異論が認められた。ミソサザイも大東諸島固有亜種ダイトウミソサザイ Troglodytes troglodytes orii として記載されており(Yamashina,1939)、多くの文献で繁殖していたとされているが、この亜種は1月採集の標本1体に基づく記載であり、ほかに記録がないことから、渡り性の別亜種に含まれる可能性が考えられる。よって本稿では繁殖鳥類から除外した。
 以下、主な種についてまとめた。
(1) カイツブリ
 本土産よりも羽色が暗色で翼が短いなどの特徴から、Kuroda(1927)は南大東島産をもとに亜種ダイトウカイツブリ Tachybaptus ruficollis kunikyonis を記載した。当時は奄美大島産と石垣島産もこの亜種とされていたが、標本による比較は行なわれておらず、現在は大東諸島固有亜種とされている(日本鳥学会,2000)。大東諸島産は一時期亜種カイツブリ T. r. poggeiに含められていたが(日本鳥学会,1942,1958,1974)、どのような検討を経てカイツブリとされ、また再び固有亜種として独立させたのかは不明である。なお、亜種の問題とは別に大東諸島では1970年代から白変個体の存在が知られており、遺伝学的に興味深い固有性を持つ個体群だといえる。
(2) アホウドリ
 Kuroda(1925)によれば、開拓初期に恒藤規隆氏が沖大東島で多数観察しており、黒田(1935)は「多分蕃殖」と記している。新垣(1980)は南大東島の漁師や古老から、沖大東島でコアホウドリ Diomedea immutabilis が今(1980年)でも繁殖しているのではないかとの話を聞いているが、これはアホウドリと混同した可能性がある。以上から、現状は不明だが、沖大東島でかつてアホウドリが繁殖していた可能性は高いと思われる。なお、1892年8月に沖大東島を訪れた者が「潅木延茂シ伸天鴎ノ群之ニ巣クヲ見ル」と記述しているが(南大東村誌編集委員会,1990:p.921)、8月は非繁殖期であるため、この記述は別の海鳥を述べた可能性がある。
 山成(1935)は、北大東島の黒部崎付近で1919年頃までアホウドリが繁殖していたと記しており、北大東村誌編集委員会(1986)によれば、黒部崎の「クロブ」は八丈島や鳥島の方言でアホウドリを意味するという。しかし、服部(1889)はクロアシアホウドリ D. nigripesを「くろぶ」、アホウドリを「しらぶ」と記述しており、黒部崎で繁殖していた「クロブ」はクロアシアホウドリであった可能性も考えられる。
 南大東島では1892年8月に南大東島で「信天翁」が観察されたとの記述があり(南大東村誌編集委員会,1990:p.923)、新垣(1980)は南大東島についても「(コアホウドリが)80年前までは島で繁殖していた」との話を聞いているが、ほかにアホウドリ類の繁殖を示唆する情報がなく、南大東島での繁殖については疑問が残る。
※北大東島の長幕第一洞と南大東島の星野洞からはアホウドリの化石が見つかっており(Matsuoka et al. 2002,松岡ら 2002)、かつては繁殖していたと考えられる。長幕第一洞からはより小型のアホウドリ科の鳥の化石も見つかっている(Matsuoka et al. 2002)。
(3) カツオドリ
 黒田(1935)は沖大東島で「多分蕃殖」すると記しており、1903年6月には北大東島と沖大東島で「オサドリ」の卵が観察されていることから(南大東村誌編集委員会,1990:p.934,935)、この2島では繁殖していた可能性が高いと考えられる。なお、ほかにも開拓初期の資料には「カツオドリ」についての記述があるが(南大東島村誌編集委員会,1990:p.140,1117,1193)、開拓民の主な出身地である八丈島ではオオミズナギドリを「かつおどり」と呼ぶため(内山,1973)、これらの記述の中には種カツオドリではない内容が含まれている可能性もある。
(4) ゴイサギ
 折居ノート(1936)の記述を除くと、本種は1988年まで記録がなかった種である。※齊藤・嵩原(2003)によれば、折居彪二郎氏は1922年 10月9日にも南大東島で「五位鷺」を観察したと日誌に記している。定着した要因は明らかでないが、ゴイサギが好む淡水魚は開拓以降に移入されており、餌動物の増加が要因のひとつとして考えられる。また、近年になって奄美諸島や沖縄諸島で繁殖が確認されていることから(常田,2001;沖縄野鳥研究会,2002)、繁殖分布が南へ拡大している傾向があるのかもしれない。
(5) マガモ
 沖縄県では大東諸島だけで繁殖しており、自然分布とされているが、かつては移入されたナキアヒルが野生化した可能性も指摘されていた(Kuroda,1925;石澤,1927)。今回の文献調査で、南大東島で1902年に「アヒル」を飼育していたとの記述がみつかったため(南大東村誌編集委員会,1990:p.123,1004)」、アヒルが野生化した可能性も否定はできないが、アヒルは「大切ニサレテ居タ」とあり、1903年6月には「野禽」として「鴨」が観察されていることから(南大東村誌編集委員会,1990:p.1112)、当時からカモの一種が留鳥として自然分布していた可能性は高いと考えられる。種類は特定できないが、折居ノート(1922)にはマガモ以外のカモ類の記述がなく、「鴨」がマガモであった可能性は高い。以上から、本稿ではマガモを自然分布とみなすことにする。
 なお、樋口(1979)は市田則孝氏および柚木修氏からの教示として、大東諸島産のオスの繁殖羽は羽色が地味な傾向にあると記しており、今回の現地調査でも、冬鳥として渡ってくる個体より繁殖個体のほうが地味な印象を受けた。ただし、詳細に比較が行なわれたことはなく、また、カルガモと中間的羽色の個体も観察されていることから、詳しい調査が望まれる。
(6) ノスリ
 沖縄県では唯一、1964年に南大東島で繁殖記録がある(黒田,1971)。1964年当時は3つがいが生息していたとされるが、その後1999年を除いて夏期の調査で確認されておらず、繁殖環境となる森林が非常に少ないことを考えると、繁殖個体群は消滅した可能性が高い。折居ノート(1936)には「(1936年秋に)毎日一二羽見へ居ル」との記述があるが、実際に採集された標本はチュウヒ Circus spilonotusであり、ほかに戦前の記録はない。※齊藤・嵩原(2003)によれば、折居彪二郎氏は1922年9月29日と10月4日にも南大東島で「ノスリ鷹」を観察したと日誌に記している。このことから、繁殖は短期間の偶発的なものであった可能性も考えられる。なお、1964年に確認されたヒナ2羽は採取され、うち1羽は那覇市で数年間飼育され、これを生きた状態でタイプ標本とし、亜種ダイトウノスリ Buteo buteo oshiroiが記載された(黒田,1971)。亜種ノスリ B. b. japonicusよりも小型で、上面が黄褐色に富み、翼,尾の地色が濃く規則帯をなすことが特徴とされるが、ノスリは変異の多い種であるため、タイプ標本の特徴が個体群の特徴に一致するかについては検討が必要だと指摘されている(環境庁自然保護局野生生物課,1991)。飼育環境が羽色やサイズに影響を及ぼした可能性もないとはいえず、亜種の独立性については再検討が必要であるが、タイプ標本はのちにカゴ抜けしており、大東諸島産の標本は1体も残されていない。
(7) リュウキュウカラスバト
 この種は、1936年11月に南大東島で採集されたメス1羽を最後に記録がないことから、絶滅したと考えられている(環境省自然環境局野生生物課,2002)。南大東島では幼鳥も採集されているので繁殖していたと考えられるが、北大東島では2羽を撃ち落とした記述があるだけで、標本は得られていない(Kuroda,1925)。※齊藤・嵩原(2003)によれば、折居彪二郎氏は2羽を採集したものの、出航時間繰り上げのため剥製製作を諦めてそのまま島に置いてきたらしく、「残念ノ事シタリ」と記している。沖縄諸島と大東諸島の固有種で、このような分布をする種はほかになく、沖縄諸島と大東諸島の鳥類相の強い関連性を示唆する、興味深い分布である。
※北大東島の長幕第一洞からは、リュウキュウカラスバトと思われる化石と、カラスバト Columba janthina と思われるより小型の種の化石が見つかっている(Matsuoka et al. 2002)。また、南大東島の星野洞からはカラスバト類の幼鳥の化石が見つかっている(松岡ら 2002)。
(8) リュウキュウコノハズク
 大東諸島産は琉球列島産よりも上面が淡色で赤みが弱く、翼長と嘴峰が短いことから、固有亜種ダイトウコノハズク Otus elegans interpositusとされているが(Kuroda,1923)、タイプ標本が鳥の渡り期の10月に採集されており、その特徴が北海道で繁殖期に採集された別種コノハズク O. scopsの標本に似ていることから、渡来していたコノハズクの標本をもとに記載された可能性が指摘されている(安部,1993)。タイプ標本は焼失しているため(Hachisuka and Udagawa,1953)確認することができないが、大東諸島で繁殖している個体群が原記載の内容に一致するかどうか、改めて検討する必要があるだろう。
 なお、Severinghaus et al.(2002)は琉球列島各地の個体を遺伝的,形態的に分析し、南大東島産は遺伝的に沖縄諸島以北のリュウキュウコノハズクに近縁だが、形態的には著しく小型な点で、琉球列島産と区別し得る単独のグループを形成していることを示唆している。
 リュウキュウコノハズクは森林を主な生息環境とする種だが、大半の森林が失われた今でも生息していることは非常に興味深く、貴重である。しかし、近年北大東島では確認されておらず、早急な実態調査と保護対策が必要である。
(9) カワセミ
 主に秋期から冬期に記録されていた種で、夏期の記録はごく最近のことであるから、近年定着した可能性も考えられる。定着した要因として、ゴイサギ同様、開拓以降に移入された淡水魚の存在が考えられるが、まだ巣しか確認されておらず、継続的に繁殖しているかどうか、今後詳しい調査が必要である。
(10) アカモズ
 亜種シマアカモズ Lanius cristatus lucionensisのみ記録があり、1972年10月の調査で「最も普通な鳥」として記録され、伝聞により繁殖すると記された(池原,1973)。また、1974年5月の調査ではモズとアカモズがほぼ同等の割合で確認され、雑種と思われる中間的羽色の個体も観察された(日本野鳥の会,1975)。繁殖や交雑を実際に確認した記録はないが、最近のDNA解析により、大東諸島で繁殖するモズの中に、外観はモズに一致するがアカモズ特有のDNA領域を持つ個体がいることが確認されており(M. Takagi and J. Nagata, unpublished data)、1970年代にアカモズが定着し、モズと交雑していた可能性は高いと考えられる。
 戦前は秋期に2回採集例があるのみで、折居ノート(1922)には「開墾前ハ多数ニ見シ者ナリシモ現今ハ希メテ希レナリ絶滅ニ近シ」とあるが、ほかに開拓以前の生息を示す記述はなく、折居ノート(1936)にモズ類の記述が一切ないことから、戦前は不定期な旅鳥ないし冬鳥であったと考えられる。アカモズおよびモズが大東諸島に定着した要因として、餌となるバッタ類が1971年頃から大発生を繰り返していたことがあげられているが(日本野鳥の会,1975)、1980〜90年代にはアカモズが記録されていないことから、繁殖個体群は1970年代後半に消滅し、雑種個体の系統もモズと交配を繰り返すうちにモズの特徴に近づいていったものと推察される。2001年以降は渡りの時期にのみ記録があるが、これは戦前と同様、現在も不定期な旅鳥ないし冬鳥として渡来しているためであろう。
(11) ウグイス
 1922年に南大東島で採集された個体をもとに亜種ダイトウウグイス Cettia diphone restrictaが記載され(Kuroda,1923)、その後記録がないことから絶滅したと考えられていたが、梶田ほか(2002)によって沖縄島で繁殖する個体群もダイトウウグイスであることが確認された。今後新産地がみつかる可能性もあるが、リュウキュウカラスバト同様、沖縄諸島と大東諸島の鳥類相の強い関連性を示唆する、興味深い分布である。
 ダイトウウグイスの繁殖については南大東島で卵の情報があるが、通常無斑であるウグイスの卵について、Hachisuka and Udagawa(1953)は本土産と模様(spots)が異なると述べている。これが事実ならこの卵は別種の可能性があるが、同じ卵について折居ノート(1922)には、「小豆色ナラスシテ茶褐色ナル点大ニ異レリ」「Sepia色ナル由数回採取セシ者ノ證スル處」と色の違いが記されており、この特徴はウグイスの卵として自然だといえる。おそらくHachisuka and Udagawa(1953)の記述は誤記だと思われるが、仮にウグイスの卵でないとしても、1885年8月,1892年8月および1903年6月に南大東島でウグイスを観察したとの記述があることから(南大東村誌編集委員会編,1990:p.912,923,933,1109,1112)、ダイトウウグイスが繁殖していた可能性は高いと思われる。
 1937年と1938年には亜種リュウキュウウグイス C. d. riukiuensisが採集され、Hachisuka and Udagawa(1953)はこれを移入個体と考えたが、開拓初期(1915年に渡航)の島民である国京国平氏※渡航時期は南大東村誌編集委員会(1990)p.1006による。は移入されたことがないと伝えている(山階,1941)。1937〜1992年にはウグイスが秋期から春期にだけ記録されており、沖縄島ではリュウキュウウグイスが冬鳥であることから(梶田ほか,2002)大東諸島でも同様と思われるが、近年、繁殖期にも亜種不明のウグイスが観察されているので、詳しい調査が必要である。※共著者である高木氏のグループが、2003年4月にウグイスの繁殖を確認した。この個体群はミトコンドリアDNAの分析により、ダイトウウグイスではなく亜種ウグイス C. d. cantans(本土産)に近縁との結果が出ている(梶田ほか,2004)。繁殖期の記録は1999年からみられるため、1990年代後半に本土から進入し、定着した可能性が考えられる。
(12) スズメ
 開拓初期には分布していなかったとの記述がある(南大東村誌編集委員会編,1990:p.990)。Kuroda(1925)は伝聞により移入種と記しているが、その根拠は明らかでない。佐野(1988)は、戦後に作られた麦畑が本土から移動してきた若鳥の定着の要因になったと推察しており、定着時期に誤りはあるものの(実際は戦前から分布)、耕地の増加により自然分布で定着した可能性は十分あると思われる。
(13) ハシブトガラス
 日本鳥学会(2000)は迷鳥(Accidental Visitor)と記しているが、国京氏は多数生息していたが有害駆除で激減したと伝えている(黒田,1926)。また、開拓以前および初期の南大東島でカラス類が観察されていることから(南大東村誌編集委員会編,1990:p.912,920,933,948,1008,1109,1112)、留鳥だったが、その後絶滅したものと考えられる。1924年採集の標本は当初亜種ハシブトガラス Corvus macrorhynchos japonensis とされたが(黒田,1926)、一時期タイワンハシブトガラス C. m. colonorumに変更された(日本鳥学会,1932;山階,1934)。標本は1945年に焼失しているため(Hachisuka and Udagawa,1953)直接確認できないが、日本鳥学会(1942)が亜種ハシブトガラスに戻していることから、何らかの検討がなされたものと思われる。南大東村ふるさと文化センターには時期不明の標本が1体あるが、詳細は不明で、島外産の可能性も考えられる。仮に南大東島産だとしても、かつての繁殖個体群ではなく、近年の迷行個体であろう。
※折居彪二郎氏は1922年に大東諸島に渡島した際、島民から「二年来二羽オ残スノミ」と聞いており、北大東島で1羽を観察し、射撃したが逃したという(齊藤・嵩原 2003)。また、北大東島の長幕第一洞からは、ハシブトガラスの化石が見つかっている(Matsuoka et al. 2002)。
 これまでの結果および考察から、大東諸島の繁殖鳥類は(A)開拓によって絶滅したもの、(B)開拓以降に定着したもの、(C)開拓以前から現在まで繁殖しているものの3つに大きく分けられる。(A)に該当するのは7種(アホウドリ,カツオドリ,オオアジサシ,リュウキュウカラスバト,ウグイス,ヤマガラ,ハシブトガラス)で、森林か開けた海岸を主な繁殖環境としており、こうした環境が開拓により大きく破壊されたことが絶滅の主な原因であると推察される。(B)に該当するのは5種(ゴイサギ,カワセミ,モズ,アカモズ,スズメ,ただし、アカモズは近年消滅)で、定着の要因は様々だが、開拓による生態系の変化が大きく影響していると推察される。(C)に該当するのは12種(残る13種からノスリを除く。ただしヨシゴイ,カルガモおよびミサゴは戦前の記録が乏しいため、開拓以降に定着した可能性もある)※ミサゴについて、折居氏は1922年9〜10月に南北両島で観察したと日誌に記しており(齊藤・嵩原,2003)、戦前も決して稀ではなかったと思われる。で、このうち7種(カイツブリ,リュウキュウヨシゴイ,ヨシゴイ,マガモ,カルガモ,ヒクイナ,バン)は淡水域を好む種であり、こうした種が多く定着しているのは、池沼が多い南北大東島の特徴だといえる。ノスリについては、開拓以前から定着していたのか、それとも偶発的な繁殖であったかは不明だが、繁殖個体群の消失には森林伐採による繁殖環境の減少など、人間活動の影響も大きく関わっていたと思われる 大東諸島の繁殖鳥類相を沖縄県の他地域と比較すると、大東諸島だけで繁殖例がある種はマガモ,ノスリおよびモズの3種で、ヨシゴイ,ミサゴおよびアカモズも繁殖が確認されれば、大東諸島だけということになる。これらの種は琉球列島では主に冬鳥であり、本土と越冬地を結ぶ本来の渡りルートから外れ、大東諸島に迷行した個体群がそのまま定着の機会を得たものと推察される。リュウキュウカラスバトは沖縄諸島と大東諸島の固有種だが、おそらく沖縄諸島から大東諸島に拡散し定着したものであろう。このように、大東諸島には本土由来の種と沖縄諸島を中心とした琉球列島由来の種が混在していると考えられる。
 これとは別に、アホウドリなどの海鳥は古くから定着していたと思われ、北大東島の洞窟でみつかっている更新世後期の海鳥の骨(大城,1987)や、かつて多数採掘された燐鉱の存在(海鳥の糞や死骸,魚骨の堆積に由来。北大東村誌編集委員会編,1986:p.212)がそれを強く示唆している。
 一方、沖縄諸島及び宮古・八重山諸島で繁殖するもので、大東諸島で繁殖していない種はクロサギ Egretta sacra,ミフウズラ Turnix suscitator,キジバト Streptopelia orientalis,アカショウビン Halcyon coromanda(夏鳥),キビタキ Ficedula narcissina,サンコウチョウ Terpsiphone atrocaudata(夏鳥)など10種以上あり、多くの種にとって大東諸島への拡散,定着が困難なものであることがうかがわれる。

今後の課題について
 大東諸島の繁殖鳥類について考察してきたが、25種全てにおいて繁殖が確認されているわけではなく、また、今回述べた以外の種が繁殖している可能性も十分考えられ、今後、調査が不十分な夏期を中心に、繁殖確認を重点においた調査が望まれる。また、疑問が残る固有亜種については詳細に標本調査を行ない、現在も生息する亜種については、標識調査や落鳥個体の収集などによってより多くの情報を得て、再検討することが重要と思われる。今回は述べなかったが、大東諸島を中継地、あるいは越冬地とする渡り鳥の実態を把握することも重要で、その点でも標識調査や落鳥個体の収集は重要である。また、リュウキュウコノハズクのように絶滅の危機にある個体群は、実態を把握し、保護対策を考えることも早急な課題であろう。
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(末尾リストにないもの)
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札幌在住、酉年、折居健二 http://haiena-factory.com

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オガサワラオオコウモリ
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クビワオオコウモリ
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オキナワオオコウモリ










折居健二